中国から日本に帰ってきてから1ヵ月がたった。帰ってきてからの時間はとても早く過ぎてしまい、今となっては広東に留学していたことがまるで夢のようだ。それでも、確かに自分の中にある10ヵ月間の記憶はとても鮮明に思い出せる。
10ヵ月間の留学生活を一言で表すならやはり楽しかったとしか言いようがない。これはたくさんの要因と幸運が重なって最後まで楽しめたのだと思う。要因としてはもちろんホストペアレンツがいい人だったというのはあるが、他にも私が平日、寮に住んでいたからというのも大きな要因の一つだったと思う。
私は平日、寮に住んでおり、家に帰ったのは土日と長期休暇だけだった。最後にホストファーザーが計算したところによると、私は約60日間しか家で過ごしていないらしい。これは合わせて私が中国にいた期間の十分の一でしかない。そのため、家族とはとても仲良くなったが、毎日ずっと一緒にいるというような状況はあまりなかったため、私と家族の間に摩擦が生じるようなことはなかった。
普段は寮にいるわけだが、寮は外国人か否かは置いておいて、基本的には私と同じ境遇の子ばかりだ。皆同年代の、中学から、下手したら小学校の頃から親元離れて寮に入っている子ばかりだ。だから、ホストペアレンツよりも気を使う事はあまりないし、気楽に過ごしていけた。だが、私が楽しく過ごせた一番大きな要因は、やはりホストシスターの存在だと思う。
私のホストシスターは嵐が大好きで5年間嵐の番組を見て独学で日本語を学んできたそうだ。両親が英語の教師であるにも関わらず英語より日本語が好きで、話すのもとてもうまい。そのため、私は初対面からずっと彼女と日本語を話し続けてきた。彼女の存在は私の気づかぬ所で相当私を支えてくれていたと思う。
私は英会話で不自由することはないが、英語は私の母国語ではないので言いたいことが全て言えない。最初から自分の国の言葉を自由に使えたのは私がホームシックにまったくかからなかった理由の一つでもあると思う。
さらに、彼女は積極的で私に日本語でたくさん話しかけてくれた。彼女は今まで兄弟姉妹がおらず慣れない中でも、私を気にかけてくれたのである。中国語が話せるようになってからもそれは同じことだ。彼女が日本語を話せるおかげで、私は言いたい事を正しいニュアンスの日本語で伝えることが出来た。
例えば、食堂でたくさんの生徒が残すのでもったいないと言いたい時、中国語では“浪費”というのだが、これはもったいないという意味と無駄という意味がある。中国人にとっては同じような感じらしいのだが、私にとってはこの差はかなり大きい。それを正確に伝えられるうえ、彼女が理解してくれたというのはとてもうれしい。
他にもある。友達が冗談を言って下らないと言いたい時、中国語だと“无聊”という。これは下らないという意味のほかに、つまらない、という意味がある。だが、日本語の下らないというのは決して、つまらないという意味ではない。面白いけれどしょうもない、というような意味だと私は認識している。なので、こういった感覚を正確に細かく伝えたい時は、私はホストシスターに日本語で伝えていた。ホストシスターも嫌がらずに笑顔で聞いてくれ、きちんと意味を伝えられたことが私はとてもうれしかった。
ホストシスターのおかげで私が精神的に安定していたのではないかと思う理由は他にもある。先ほども書いたように彼女は嵐が大好きである。そのため、毎週家に帰ると嵐が出ている番組をほとんど見ていた。私は中国に行ってから彼女の解説のおかげで嵐に詳しくなったくらいだ。
どうやって見ているのか疑問に思う方も多いかと思うが、中国のネット環境は凄く、たくさんの動画サイトに日本の番組がアップロードされているのである。なので、見たいものを探せば大体見つかるのだ。そして、彼女はたくさんのバラエティやドラマを見ており、日本のことに詳しかった。彼女が自室で番組を見ている時、バラエティでもドラマでも面白いシーンがあればすぐに私を呼んで教えてくれた。なので、彼女が教えてくれた日本のことなどで私たちはいつも盛り上がっていた。自分でネットで調べて、日本のことを知り自分の中で完結するのではなく、ホストシスターと共通の話題で盛り上がれたことが、私が留学中にストレスをため込まずに済んだ理由だと思う。
こんな風に日本語ばかり話していて、中国語の方に影響がなかったかといえばそんなになかったと思う。ホストシスターは中国語を使うときは私に合わせて話してくれたし、私がわからなかったら根気強く日本語で説明してくれた。また、分からない単語があった時にその場で日本語で質問すれば中国語の単語を教えてくれたりもしたので、私の言語習得をたくさん手助けてくれた。
さらに私が幸運だったのは私が寮にいたことである。寮の子たちは英語がそこまで堪能ではなかったが、努力して英語で話してくれようとした。私が話せるようになってくると中国語で話し、時には面白おかしく広東語まで教えてくれた。なので、ホストシスターとは私も日本語を教えつつ中国語を練習し、他の寮の子とは気負わないで楽しくおしゃべりすることが出来た。
同い年で日本が大好きなホストシスター、アニメや日本の学校、私の周りのことに興味を持ってくれた寮のルームメイト達、そして週に一回しか機会がないにもかかわらず、色々な所に連れて言ってくれたり、世話をしてくれたホストペアレンツやその親戚たち、私が広東で楽しく過ごせたのはやはり彼女らの支えがあったからこそだと、つくづく思う。彼女達とは今でも連絡を取っているし、ホストシスターは来年日本に遊びに来るという。
私は留学期間中お世話になった人たちへの感謝の気持ちを忘れずに、この出会いを大切にして生涯付き合っていけたらいいなと思っている。そして、奨学金を出して下さり、この出会いの機会を作って下さったかめのりの方々に感謝の言葉を伝えたい。
2012年7月 中国派遣
AFS58期生/(公財)かめのり財団奨学生 安 奈緒子
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