交換留学生になろうと決めたのは、私は何か新しいものに挑戦したかったからだ。そしてこの経験が私を変えてくれるだろうと思っていたが、でもこんなにも大きいものとは思ってもみなかった。

私が日本に行くことが決まった時、私は本当に嬉しかった。でもそれはフランチェスコ奨学金のおかげだと知った。
奨学金にかかわった多くの人たちが、このチャンスを私にくれたということを知って、少しだけ不安な気持ちになった。なぜならそこには大きな責任があり、どんなことがあっても失敗は許されないと思ったからだ。
私はベストを尽くすと約束し、実際にそうした。この可能性を与えてくれたことに今はとても感謝している。

そしてこれまで大分で過ごして、なぜフランチェスコがこの場所を愛していたのか、分かった。
私は私の周りにあるすべてのものに感謝し始め、このことが今の自分にしてくれた。また町の中を散歩したり、迷子になったりすることで、この小さくて特徴的な街に自分がいることをどれだけ楽しんでいるか実感した。
少しかもしれないが、私は成長できたと言える。なぜなら、留学生は毎日パーティーをしていると思っている人もいるかもしれないが、実はそうではなく、日常生活の小さな1つ1つを楽しむことができたからである。
例えば、子供たちの笑顔や放課後のたわいないクラスメートとの会話である。これこそが私のここでの貴重な経験だと思う。
私の目標は、自分に挑戦して、新しい文化を発見し、それを達成することで満足することだった。

フランチェスコの夢は日本とイタリアの架け橋になることだった。それは叶えられていると思う。なぜなら二つの国の関係はとても友好的で、遠く離れているけれど、親密な関係をこれからも築いていくと思うからだ。
私のこれからすべきことは、フランチェスコが築いた橋をこれからも大切にし、少しでもほころびが出来ないように注意を払っていくことだ。
これは簡単なことではないが、「がんばります!!」。

この約10カ月のおかげで、私は大きく変わったと思う。この経験は私の人生の中で最も大きなものだ。
さっき言った通り、今は小さなことにも感謝できるようになり、自己管理することや困難に立ち向かうことができた。失敗することもあったが、決してあきらめなかった。
私は新しい文化を知り、その文化について、またその文化から学んだ。この文化が私を作ってくれたので、私の心の中に一生大切に持っておきたい。

留学はおそらく大変なもので、時に帰りたいと思うことがあるだろうが、私はここに来ることができたことやここにいることを幸せに感じ、これからは2つの家族やたくさんの友達が自分を支えてくれることを信じて、自分の人生に向き合っていきたい。

※本レポートはホストスクールの担任の先生のお力を借りて作成されました

2017年8月から大分中部支部に滞在
ルカ・マルコーネ
フランチェスコ記念奨学金 奨学生


フランチェスコ記念奨学金でルカ・マルコーネ(Luca Marcone)は去年の8月にイタリアのコラート市から大分中部支部へきました。
大分市に来てフランチェスコの通った大分東明高校の生徒となり、自分で選んだ部活はフランチェスコと同じバドミントン部でした。
イタリアではやったことのないスポーツで一から習いました。休みの少ない部活に慣れるまでは大変だったと思います。走り込みが大変で初めの頃はぼやいてもいましたが、痩せっぽちで日本に来たルカは今ではすっかり筋肉がつき9キロも体重が増えました。
おかげで担任の先生には一回り大きい制服を探してもらうご苦労もおかけしました。

ルカは部活だけではなく、3月からピアノも習いました。
そして、イタリアに帰ったら日本の曲を弾いて聞かせることができるようにと「さくらさくら」を一生懸命練習して、発表会でも演奏することができました。

フランチェスコは、帰国した後もイタリアと大分をつなぐ役割をしたいと夢見ていましたが、今回ルカはその夢の一端を担うことができました。
来年のラグビーワールドカップでは大分でも試合が開催され、そのため6月9日に大分でイタリア代表と日本代表の試合が行われました。
その前日大分東明高校のラグビー選手たちがイタリア代表選手の数名と交流した際、ルカは通訳として参加することができました。


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