大阪空港で涙の見送りの後、今頃どうしているのか?と心の中に空白を感じている所へ「今日、着いたよ~」次の日には「忘れ物あった、荷物と一緒に送ってくれる?送料払い込むから・・」
やっぱり!我が家に居る11か月間、忘れ物は?と聞くと「あるでしょう・・・」すました顔で出ていく姿を見送ってきました。
昨年3月初めて大阪駅で会った時は「シュエンです。よろしくお願いします。」流暢な日本語を話す、笑顔の素敵な好青年でした。今の子供たちは自分の部屋でネット等をして過ごす事が多いと聞いていたので、1年間無事に過ごしてくれれば、下宿屋のおばさんで良いと思っていたのですが、何故か?寝るまで、部屋に戻らず、洗濯干し、事務所、片づけをしている私の傍に居るのです。
ある時には、犬の散歩から帰ると半べそをかいて、家から飛び出してきたのです。「どうして、黙って行ったの?」と訴える瞳、また「眠るのが怖い。」これは、どうゆう事?成長期のアンバランスか?今までどれだけ寂しい思いをしてきたのか?初めの印象とのギャップに驚く始末で、これは、しっかり受け止めていかなければ、出来るだけ一緒にいて安心して過ごせるように世話をしようと決心しました。
ドライブ、買い物、小旅行など。普通ならこんな、おばさんに着いて来ないよなあ、と思いながらも、嫌がる様子も無くカメラを持ってついてきていました。
それからは無事に学校から帰って来るのを待つ事が日課となり、1~2か月が過ぎる頃には学校の事やクラブの事などをよく話すようになり始め、最初は躊躇していた留学生達の誘いにも、いつの間にか「この日何かありますか?」と尋ねては出かける事が多くなりました。
川西吹奏楽団や高校の活動にも積極的にでかけ、楽しい土産話を聞かせてくれました。犬に歯を立てられた事で狂犬病を気にしたり、柔道で膝が痛くなったり、手足口病で高熱を出したり、喉が痛くなったり、「日本には危険な食べ物が一杯あります。」といちいち説明書を読んでしか食べなかったりと神経質な面も多くありましたが、柔軟に積極的に環境に溶け込み、問題を楽しんで解決している様子はリーダーになる事で自分の存在意義を見出しているように見えました。
人生の第二章の始まりとして、日本語検定、スピーチコンテストでの表彰や修学旅行での楽しい思い出、AFSでのタレントショーでの発表は自信に繋がり、日本での11か月の経験は彼にとってはかけがえのない物となったと思います。
我が家の甘えん坊の息子は今頃、アデレートで色々と屁理屈を言いながら過ごしていると思うと、フッと笑みが浮かんで来ます。色々な事がありましたが楽しい1年間を有難うございました。
2015年にオーストラリア留学生シュエンくんを受け入れ
Nさんファミリー(大阪)
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