榊裕之さんは、半世紀以上にわたる半導体電子工学における研究とその貢献により、令和4年度文化勲章を受章されました。愛知県名古屋市のご出身で、1962-63年、AFS9期生として、アメリカ合衆国ミネソタ州の高校に留学されました。帰国後は東京大学工学部電気工学科、同大学院工学系研究科電子工学専門課程へと進み、その後、半導体電子工学分野で先駆的研究による学術的基礎の確立と発展に寄与されました。若手研究者の育成と学術の推進にも大きく貢献されています。奈良国立大学機構理事長、東京大学名誉教授、日本学士院会員でいらっしゃいます。
AFS友の会講演レポート 榊裕之さん「AFS留学から60年間に学んだこと・・人と社会のより良い未来への祈りと望み・・」を聞いて
新谷勝利(AFS9期同期生)
‘62〜’63年米国派遣生同期の榊さん(友人に「様」というのも変なのでお許しください)のAFS友の会でのプレゼンテーションを聞いた。プレゼンテーションは、以下の4部からなっていた。
1) 学校やAFS留学での学びと研究者に至る道を振り返る
2) 半導体工学の揺籃期の状況と過去55年の発展への関与
3) 人と社会のより良い未来と日本の教育について考える
4) お礼の言葉:文化勲章に関する感想と報告
勿論、2)が時間的にも長く、かつ、文化勲章を授与されるに至る理由を明確にするものであった。榊さんが主に取り組んだ半導体は、金属Mと酸化絶縁膜Oと半導体Sからなる三層のMOS型トランジスタで、これは半導体中の電子の流れを断続するスイッチ機能をもつため、微細化されて集積回路で広く使われており、現用のトランジスタの9割以上がこの種のものであるとのことであった。榊さんが50年に渡りなされた研究の内容は非常に高度で聞いてすぐ理解するのは容易ではないが、多くの図で丁寧に説明していただいた。電子を格子に閉じ込め活用するなんてことが出来るんだと素直に驚いてしまう。更に光も取り出せるんだとも、聞いていてワクワクするものであった。半導体はこれからも更に研究されることと思うが榊さんの話を聞いて刺激を受けこの道に進もうと思われる人がおられるであろう。榊さんの話には出てきてはいなかったが、私たちがエンジョイしている今の生活は半導体無くしては成立しないということを私たちは最近経験している。即ち、日常生活に近いもの、例えば、車、電気製品等でさえ半導体不足故に入手困難になっている。榊さんは、この半導体の動作原理の基礎研究をされ、工業製品として発展する学術的基盤を作られた。
4) は榊さんの人柄を実に明確に表しており、「出来る人は首を垂れる」を改めて感じたものであった。私たちは、実に多くの人に支えられていることを再認識した。
以降、1)と3)に関し、聞いて理解したこと(−で示す)と私のコメント(*で示す)を列挙する。
1)学校やAFS留学での学びと研究者に至る道を振り返る
−高校生時代の国際情勢への関心が、外交官・国連職員を目指し、海外留学機会を追求
−AFS留学中に経験したキューバ危機で外交の余りの複雑さを知り、技術の普及による国際的格差緩和への貢献に向け進路変更、帰国後は東大理科1類に進学
−AFS留学の最後に同じ州(場合によっては複数の州)に滞在した世界中から来た高校生が1台(場合によっては複数)のバスで複数の州を旅行し、各地で滞在地以外のアメリカを体験するが、ここにおいて留学仲間および米国の多様性を強く認識し視野が拡大
−東大教養課程での学び:人文・社会科学系と語学を通した異なる文化、生活への教養を身につける
―東大専門課程での学び:学ぶべき専門知識が多過ぎ、消化不良。重要で寿命の長い知識を厳選する必要あり
−東大修士課程での学び:課題が指導教官から与えられるが、後半から自分の進む道への手応えを感じ、学問の道にのめり込む
−東大博士課程での学び:価値ある未踏分野を見つけ、自分で考え、論文を書き、研究者として自立する
−最近の傾向として、自ら考える時期の前に就職活動に入り、かつ博士に進学するものが少なく、自ら研究する力のあるものが大学に残らないので、将来の産業界での応用に問題が起こる
*私は、同じ時にフロリダ州メルボルンに滞在しており、地理的にもキューバは近かったので、榊さんが言うようにキューバ危機は本当に身近な問題と受け止めていた。ケネディ大統領の月に行くという計画の下、滞在地からはキューバよりもっと近くのケープ・カナベラル(今のケネディスペースセンター)でロケットの発射実験がある度に地響きが伝わってきており、航空宇宙工学に憧れた。帰国後は迷うことなく航空工学科(当時、日本にはまだ航空宇宙工学科はなかった)に進学した。しかしながら、榊さんと異なり、大学でこの分野において自らの知的好奇心を駆り立てるものを見つけられなかった。よって、大学院に進まず、学部卒業時に、入学当初とは全く異なるコンピューターソフトウェアに進むこととなった。留学を通して学んだ異なるものへの挑戦を恐れないという意味では、留学の果たした役割は大きかった。榊さんは留学を通して感じられたことで進路変更をされ、それを今に至るも追求され、成果が文化勲章受賞にまで至ったということであり、実に素晴らしい。
3)人と社会のより良い未来と日本の教育について考える
−技術の進歩が利便性を強化したが、エネルギーと物質の大量消費とそれから発生する問題点を引き起こした
−国際平和の構築、多様性と共通性の両立等、グローバル、ローカルな意識改革をどうする
―人と社会のより良い関係の作り手を育てる責務が大学にあるが、大学への国の予算はGNP比で日本は非常に低く0.5%でしかない。スウェーデンが1.8%、ドイツが1.5%。今まで、大学と社会の間に信頼関係(特に、社会が大学に期待しているものに、大学が応えているか)が十分確立していないことが原因の一つと考えられ、これを改善したい。
*今日本では、今のまま変化を起こさないことによる将来への不安から、あらゆる方面で人材育成の必要性が認識されている。この時に、国際平和の構築、多様性と共通性の両立を通して、日本のみならずグローバルにSDGsを達成することが求められている。新しく就任された奈良国大機構理事長のいわば第2の進路変更が次なる成果を達成されることを楽しみにしています。榊さんのプレゼンテーションの副題は「人と社会のより良い未来への祈りと望み」であり、この「祈りと望み」に大きく共感するものです。
なにしろ1時間20分のプレゼンテーションを以上にサマリーしたことが榊さんの意図をどの程度反映できているか心許ないが、プレゼンテーション録画も公開されているので、それを視聴していただきたい。「AFS留学から始まる60年」の活動を丁寧に紹介していただいたが、榊さんの60年の中では1番長い2)について私の聞く側の理解が十分追い付いておらず、十分感想を述べるに至っていないことを榊さんにお詫びしたい。榊さんは、この半導体の動作原理の基礎研究をされ、工業製品として発展する学術的基盤を作られたものであるが、基礎研究の発展が多くの図で説明されているので、是非その発展をフォローしていただきたい。同じ時代を生きてきているものとして、大変楽しく刺激を受けながら視聴させていただきました。ありがとうございます。「祈りと望み」を共に追求して行きましょう。
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