留学レポート I Was There
女声合唱と演劇の授業は、私の放課後の活動の多くを占めていた「ミュージカル」を、とても有意義にするものでした。日本の高校では考えられないような本格的なプロダクションに出演できたことで胸がいっぱいで、この留学の最高の思い出になりました。
女声合唱と演劇の授業は、私の放課後の活動の多くを占めていた「ミュージカル」を、とても有意義にするものでした。日本の高校では考えられないような本格的なプロダクションに出演できたことで胸がいっぱいで、この留学の最高の思い出になりました。
私の家族はウッドマンファミリーで、両親、13歳の妹と一緒に住んでいます。毎日の中で学ぶことももちろん多いですし、父の農場、競馬、建築材具店という多岐にわたる仕事場では多くの体験をさせていただいています。彼らとの毎日は、一日たりとも同じことが起こる日はありません。
日本に帰る飛行機に乗っていた時、日本に帰れるという喜びと同時に、香港を離れなければならないという悲しさに満ち溢れていました。香港の家族、友達、他の国からの留学生、そのすべてを思い出にしまい込み、無事に帰国できました。
初めてここに来た日の夜、オーストラリアの国旗にもある南十字星、はっきりとみえる天の川、生まれてはじめて見た空いっぱいの星にとても感動したのを一生忘れることはないと思います。
僕はこれまでの留学生活の中で「自ら挑むこと」を学びました。うまくいかないならやり方を変えればいい、つまらないなら違うことを始めよう、少しでも考えが浮かんだのならすぐに取り掛かろう。
メキシコの人々の家族を大切にするという文化には、とても感動しました。わたしのホストファミリーも、私を日本人の留学生としてでなく家族の一員として受け入れてくれていました。
スイス人は本当に温かい人ばかりです。私のホストファミリーは両親に加え、年下の妹と弟がいます。家族は私を本当の子のように見てくれると同時に、18歳の私を大人の一員としても扱います。
この一年を価値のあるものにするには、上手くいかないからと言って一人の殻に閉じこもらず、現地の人々に自分のことを伝えることが重要だと感じます。また、アメリカの文化を学ぶだけでなく、思いのほか知られていない日本の様々な文化を広めるのも留学しているからこその体験ではないでしょうか。
アルゼンチンに着いて、生活して、一番日本との違いを感じた点は、「人と人との距離」です。 朝起きたらまず両親とほっぺにキスで挨拶をして、学校に行くときも挨拶をして、帰ってきたら挨拶をして、出かける前も帰ってからも、寝る前も挨拶をします。