留学レポート タイでの三ヶ月
私は今、タイの首都バンコクの郊外に住んでいます。ファミリーの構成は両親、兄、妹、そして叔母といとこです。 最初の方はお客さん扱いでしたが、今では家族の一員としてとお手伝いを頼まれるようになりました。
私は今、タイの首都バンコクの郊外に住んでいます。ファミリーの構成は両親、兄、妹、そして叔母といとこです。 最初の方はお客さん扱いでしたが、今では家族の一員としてとお手伝いを頼まれるようになりました。
最初の二か月くらいは話しかけることはできても話に混ざることができなくて、友達もあんまりできませんでした。その間はすごく辛くて、日本に帰りたいという時期が何度もありました。
那覇の沖縄県立芸術大学に通うため来日したジュリア恵子さんは、AFSアルゼンチンのロサリオ支部でボランティア活動を行っています。 現地の活動の様子をレポートしてくれましたのでご紹介します。
こちらで本当に日本と違うなと思うところはやっぱりAmoreです。友達同士ではよくTi voglio bene!(大好き!)と言ったり、家族間はもちろん、先生も生徒に呼びかけるときAmore(愛する人)と言ったりします。
インドネシア人の多くがイスラム教徒で、ラマダンという断食月はみんなでやりました。朝、4時からサフールという少し特別な朝ごはんを食べ、日の出と共にアザールが街に響き渡り、それから日没までなにも口にしてはいけません。
一番初めに思ったことは、「タイ人は思ったことをすぐ表情や態度に出す」と言うことです。 これは時と場合によって善し悪しがあると思いますが、私はそれがタイ人の良いところだと思っています。
アメリカは多民族国家であり自分とは違った考えを持った人ばかりだ。そのなかで生活するにあたり強く感じたことは、たとえ理解しがたい考え・文化などがあっても、それを拒絶せず、「受け入れる姿勢」を作ることの大切さである。
ホストファミリーもとても優しくオーストラリアのことや英語をおしえてくれます。私は最初家族の距離がとても近いことに驚きました。 いとこがあそびにきたり泊まりにくることはよくあります。おじいちゃんは毎週一緒に夜ご飯をたべにきます。
私は、校外の活動としてボーイスカウトに入りました。オランダではscouting(スカウティング)と呼ばれています。子供のscoutingは15歳までですが特別に入れてもらうことができました。